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by nicoxz

御手洗冨士夫氏が語る経済界と外交の架け橋

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はじめに

キヤノン代表取締役会長兼社長であり、元日本経済団体連合会(経団連)会長の御手洗冨士夫氏は、90歳を迎える今も日本の経済界を代表する存在です。1935年生まれの御手洗氏は、キヤノンの経営を長年にわたり牽引してきただけでなく、経団連会長として日本の経済政策に影響を与え、さらには日中外交や国際スポーツイベントを通じて「日本」を世界に発信する役割を果たしてきました。

本記事では、御手洗氏の経歴を振り返りながら、経済界が果たす外交的役割、そしてラグビーワールドカップや東京オリンピックを通じた日本発信の取り組みについて解説します。

御手洗冨士夫氏の経歴とキヤノン経営

アメリカ仕込みの経営哲学

御手洗冨士夫氏は大分県出身で、中央大学法学部を卒業後、1961年にキヤノンに入社しました。在学中は法曹を目指して司法試験に挑戦していましたが、方向転換を決断。伯父である御手洗毅が創業者の一人であったキヤノンで、経営者への道を歩み始めます。

入社後まもなく1966年にキヤノンUSAへ出向し、1979年には同社の社長に就任。アメリカでの勤務は実に23年間に及びました。13人でスタートしたキヤノンUSAを6,000人を超える陣容に育て上げた実績は、御手洗氏の経営手腕を物語っています。

このアメリカ時代に培われた合理的経営の考え方は、その後のキヤノン経営にも持ち込まれました。「選択と集中」をキーワードに、液晶ディスプレイ、光ディスク、パーソナルコンピュータ事業から撤退し、利益率の高いプリンター、カメラ、半導体製造装置に経営資源を集中させる決断を下しています。

経営実績と名経営者としての評価

1995年にキヤノン社長に就任した御手洗氏の下で、連結売上高は1.5倍、営業利益は2.6倍に拡大しました。売上高営業利益率は15.5%と、欧米の有力企業に引けを取らない水準に到達。米国ビジネスウィーク誌の「世界の経営者25人」にも選出され、名経営者として国際的な評価を得ています。

その後も会長として経営に関与し続け、2012年には会長兼社長CEOとして再び経営の第一線に復帰するなど、異例の長期にわたってキヤノンの舵取りを担っています。

経団連会長としての日中外交への関与

「財界総理」としての役割

2006年5月、御手洗氏は第2代日本経済団体連合会会長に就任しました。私立大学出身者として初めて「財界総理」と称される経団連会長の座に就いたことは、日本の経済界において歴史的な出来事でした。

経団連会長としての任期は2010年5月までの4年間でしたが、この時期は日中関係が複雑な局面を迎えていた時代でもあります。2000年代は「政冷経熱」と呼ばれ、政治的には靖国神社参拝問題などで冷え込みながらも、経済面では活発な交流が続くという状況でした。

日中文化・スポーツ交流年の実行委員長

御手洗氏は2006年12月から2008年2月まで「2007日中文化・スポーツ交流年」実行委員会の委員長を務めました。これは日中間の文化・スポーツ交流を促進するための大規模な取り組みであり、経済界のトップがその先頭に立ったことには大きな意味がありました。

経団連は従来から「国と国とが互いの理解を深めて友好関係を構築するためには、人と人との交流を促進することが最も有効な手段である」との考えを示しており、御手洗氏の活動はこの理念を体現するものでした。

清華大学日本研究センター理事長

御手洗氏の日中交流への関与は経団連会長退任後も続きます。2017年4月から2022年3月まで、中国の名門・清華大学日本研究センターの理事長を務めました。学術・研究分野での日中交流を支える重要な役職であり、長期にわたって両国の知的交流に貢献してきたといえます。

経済界が担う民間外交の意義

政治と経済の補完関係

日本の経済界は、政府間関係が緊張状態にある時でも、民間レベルでの対話チャンネルを維持する重要な役割を果たしてきました。経団連は2001年の政策提言で、日中間の知的交流、文化交流、地域間交流、青少年交流といった多層的な対話の拡大を求めています。

御手洗氏が経団連会長を務めていた時期、日本の対中政策においても経済界の意見は重要な位置を占めていました。経済界の中国に対する認識は、「中国脅威論」から「中国特需」「東アジア共同体」への期待へと変化し、その変遷は日本の対中政策にも影響を与えてきたとされています。

民間経済外交の継続性

2010年代に入ると、尖閣諸島をめぐる問題で日中関係は再び緊張状態に陥りました。しかし2018年には経団連や商工会議所などからなる250人規模の訪中団が北京を訪問し、李克強国務院総理と会談。第三国での市場開拓や技術革新について中国側経営者と意見交換を行うなど、経済を足掛かりとした関係再構築が進められました。

このように、政治的に困難な時期においても経済界が対話の窓口を維持し続けることは、両国関係の安定に寄与する重要な機能といえます。

国際スポーツイベントでの「日本」発信

ラグビーワールドカップ2019組織委員会会長

御手洗氏は2010年11月から2020年3月まで、公益財団法人ラグビーワールドカップ2019組織委員会の会長を務めました。アジア初開催となったラグビーW杯日本大会は大成功を収め、御手洗氏自身も「チケットは184万枚売れ、販売率は99%に上った。テレビの瞬間最高視聴率も53.7%を記録した」とその成果を語っています。

日本代表チームの躍進と相まって、ラグビーW杯は日本のスポーツ史に残る大会となりました。「多様性を知る機会」として位置づけられたこの大会は、世界各国からのファンを日本に迎え入れ、日本の魅力を発信する絶好の機会となりました。

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会名誉会長

2014年3月から2022年6月まで、御手洗氏は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の名誉会長も務めています。ラグビーW杯2019組織委員会と東京2020組織委員会は協定を締結し、ボランティアのトレーニングやコスト削減などで協力体制を構築しました。

2021年に森喜朗会長が辞任した際には、後任会長を選定する候補者検討委員会の委員長に御手洗氏が就任。組織委員会の運営において重要な役割を担いました。

コロナ禍という困難な状況下での開催となった東京五輪でしたが、日本の技術力やおもてなしの精神を世界に示す機会となりました。

経営者としての今後の展望

「分断の修復が日本の役割」

御手洗氏は近年、国際情勢について「分断の修復が日本の役割」との見解を示しています。米中対立が深まる中、日本が果たすべき役割として、各国との関係構築と対話促進を挙げています。

これは経団連会長時代から一貫した考え方であり、経済を通じた国際協調の重要性を説き続けてきた御手洗氏らしい姿勢といえます。

科学技術立国への提言

また御手洗氏は「科学技術のけん引役を作るべし」と提言し、日本の競争力維持のための研究開発投資の重要性を訴えています。キヤノンを技術志向の企業として成長させてきた経験を踏まえ、日本全体の技術力向上への危機感を示しています。

まとめ

御手洗冨士夫氏は、キヤノンの経営者としてだけでなく、経団連会長として日本経済界を代表し、さらには日中外交や国際スポーツイベントを通じて「日本」を世界に発信する多面的な役割を果たしてきました。

経済界が持つ民間外交のパイプは、政治的に困難な局面においても両国関係の安定に寄与する重要な機能です。ラグビーW杯や東京五輪を通じた日本の魅力発信は、スポーツの力で国際理解を深める取り組みでもありました。

90歳を迎えてなお経営の第一線に立つ御手洗氏の半生は、日本の経済界が戦後から現在に至るまで果たしてきた役割の縮図ともいえます。その経験と見識は、今後の日本にとっても貴重な指針となることでしょう。

参考資料:

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