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by nicoxz

ニデック不適切会計問題が問う投資家のガバナンス責任

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はじめに

ニデック(旧日本電産)の不適切会計疑惑が、日本の企業統治(ガバナンス)のあり方に重大な問題を提起しています。2025年9月に発覚した本件は、創業者・永守重信氏のカリスマ経営が生み出した「光と影」を浮き彫りにしました。

問題の本質は、ニデックの内部統制の不備だけではありません。永守氏の苛烈な経営スタイルを長年にわたり容認し、取締役選任議案に賛成票を投じてきた機関投資家の責任も問われるべきだという指摘が出ています。

本記事では、ニデック問題の全容を整理した上で、機関投資家が果たすべきスチュワードシップ責任と、日本企業のガバナンス改革の課題について考察します。

ニデック不適切会計問題の全容

問題発覚の経緯

2025年9月3日、ニデックは「ニデック本社やグループ会社の経営陣が関与した可能性のある不適切会計の疑いが複数発見された」と公表しました。当初は中国子会社での問題が発端でしたが、調査が進むにつれ、本体およびグループ会社全体に及ぶ組織的な問題であることが明らかになっていきました。

翌9月4日、ニデックの株価は制限値幅の下限(ストップ安)となる前日比700円(22%)安で取引を終了。その後も株価は下落を続け、11月21日には1,921円と9年ぶりの低水準を記録しました。

不適切会計の内容

元幹部の証言によると、不適切会計の中で金額ベースで最も大きいのは「減損の先送り」であり、その規模は1,000億円を優に超えるとされています。資産性にリスクのある資産に関して、評価減の時期を恣意的に検討していると解釈しうる資料が複数見つかりました。

2025年4〜9月期連結決算では877億円もの大型損失を計上。売上高は前年同期比で微増の1兆3,023億円となったものの、営業利益は82.5%減の211億円に急落しました。

監査法人の意見不表明

9月26日、監査法人のPwCジャパンは、ニデックが提出した有価証券報告書の適正性について「意見不表明」という異例の判断を下しました。十分な監査証拠が得られなかったことが理由です。その後、日本取引所グループ(JPX)はニデックを特別注意銘柄に指定し、内部管理体制の改善を求めました。

永守氏の辞任

2025年12月19日、永守重信氏は代表取締役、取締役会議長、グローバルグループ代表の全ての役職を退き、非常勤の名誉会長に就任しました。永守氏は「ニデックの企業風土は私が築いた」とした上で「世間の皆様にご心配をおかけし、申し訳なく思う」とコメントを発表しています。

永守イズムとワンマン経営の功罪

カリスマ経営者としての実績

永守重信氏は1973年、28歳で日本電産(現ニデック)を創業しました。社長を含めてわずか3人でスタートした会社を、50年以上かけて売上高2兆円規模の世界的企業に育て上げた手腕は、日本の経営史に残る功績です。

「情熱、熱意、執念」「知的ハードワーキング」「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」を経営哲学として掲げ、経営不振に陥った企業を次々と買収・再建する「買収王」としても知られました。孫正義氏、柳井正氏と並んで「大ぼら3兄弟」と呼ばれ、大きな経営目標に向かって邁進する姿勢は多くの経営者に影響を与えました。

短期的収益追求のプレッシャー

しかし、「計画未達は罪悪、赤字は犯罪」という永守氏の経営哲学は、グループ会社の現場に過度なプレッシャーを与える結果にもなりました。「過去最高は当たり前」という社風が根付く中、数字を合わせようとする力が働き、それが不適切会計につながった可能性が指摘されています。

2022年秋には、社員の大量退職が相次いでいることがメディアで報じられ、その背景に永守氏の苛烈な社員教育や業績目標の設定があったことが指摘されていました。今回の問題は、「永守イズム」が生んだ構造的なひずみが表面化したものといえます。

機関投資家の責任とスチュワードシップ

永守氏を信任してきた投資家の責任

ここで問われるのが、永守氏のワンマン経営を長年にわたり容認してきた機関投資家の責任です。多くの機関投資家は、永守氏を含む取締役選任議案に賛成票を投じ、事実上その経営スタイルを支持してきました。

スチュワードシップ責任とは、機関投資家が投資先企業との建設的な対話(エンゲージメント)を通じて、当該企業の企業価値向上や持続的成長を促す責任のことです。2014年に策定された日本版スチュワードシップ・コードでは、機関投資家は投資先企業のガバナンスや企業戦略等の状況を的確に把握し、問題の改善に努めるべきとされています。

形式的なガバナンスチェックの限界

ニデックの統治形態は監査等委員会設置会社で、監査等委員は経済産業省出身者、財務省出身者、大学教授、弁護士など計5人が務めていました。形式上はガバナンス体制が整っていたにもかかわらず、今回のような問題が発生したことは、形式的なチェックだけでは不十分であることを示しています。

専門家からは、経営陣が関与していた不適切会計処理は単純な内部統制の不備ではなく、「内部統制の無効化」が認められる可能性があると指摘されています。カリスマ創業者が君臨する企業では、社外取締役や監査等委員が機能しにくい構造的な問題があります。

「物言う株主」としての役割

機関投資家は、企業の株式を大量保有するため、議決権行使を通じて企業経営に重大な影響力を及ぼします。そのため、自身の利益を追求することにとどまらず、株主共同の利益を実現することにも一定の責任を負うと考えられています。

永守氏の経営手法に懸念を持ちながらも、短期的な株価パフォーマンスを理由に追認してきた投資家がいたとすれば、それはスチュワードシップ責任を十分に果たしていなかったといえるでしょう。

日本企業のガバナンス改革と今後の課題

コーポレートガバナンス・コードの改訂

金融庁は2025年6月、「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」を公表し、コーポレートガバナンス・コードの第三次改訂を行う方針を示しました。2015年の適用開始後、2018年、2021年と改訂を重ねてきましたが、今回は「形式から実質へ」の転換がより強く求められています。

コードは、リスクの回避・抑制や不祥事の防止といった「守りのガバナンス」を過度に強調するのではなく、健全な企業家精神の発揮を促し、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図ることに主眼を置いています。しかし、ニデックのケースは、「攻めのガバナンス」が暴走するリスクも示しています。

投資家と企業の対話の質向上

今後重要になるのは、投資家と企業の対話の質を高めることです。金融庁のアクション・プログラムでは、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上に真に寄与する「緊張感ある信頼関係」に基づく対話の促進が掲げられています。

機関投資家は、短期的な業績だけでなく、企業文化や経営者の姿勢、内部統制の実効性といった定性的な要素にも目を向ける必要があります。ESG投資の観点からも、ガバナンスの「G」の部分への関心は高まっています。

注意点・今後の展望

第三者委員会の報告を待つ段階

ニデックの不適切会計問題については、第三者委員会による調査が進行中であり、報告書の提出は2026年にずれ込む見通しです。現時点では疑惑の段階であり、最終的な事実認定は報告書を待つ必要があります。

ただし、監査法人が意見不表明という異例の判断を下し、特別注意銘柄に指定されている状況は、ガバナンスの根幹に関わる深刻な問題が存在することを示唆しています。

日本企業全体への教訓

ニデック問題は、カリスマ創業者が率いる企業特有のリスクを浮き彫りにしました。しかし、これはニデックだけの問題ではありません。日本には創業者が長期にわたり経営を主導する企業が多く、同様のリスクを抱えている可能性があります。

過去にも、オリンパスや東芝といった大企業で会計不正問題が発生しています。ニデック問題を他山の石として、企業・投資家双方がガバナンスのあり方を見直す契機とすべきでしょう。

まとめ

ニデックの不適切会計問題は、単なる一企業の不祥事にとどまらず、日本のコーポレートガバナンス全体に対する警鐘となっています。創業者・永守重信氏の卓越した経営手腕が日本経済に貢献したことは事実ですが、そのワンマン経営を長年にわたり容認してきた機関投資家にも一定の責任があるという指摘は傾聴に値します。

スチュワードシップ・コードが求めているのは、形式的な議決権行使ではなく、投資先企業との建設的な対話を通じた企業価値向上への貢献です。機関投資家は、短期的なリターンだけでなく、企業の持続的成長を支えるガバナンス体制が機能しているかを見極める「目利き」としての役割を果たす必要があります。

ニデック問題の全容解明には時間を要しますが、この事例を教訓として、日本企業のガバナンス改革が「形式」から「実質」へと進化することが期待されます。

参考資料:

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