海外駐在配偶者のキャリア問題、欧米支援に対し日本企業に遅れ
はじめに
海外赴任に伴う配偶者のキャリア中断問題が、日本企業の国際的な人材戦略における大きな課題として浮上しています。共働き世帯が増加する一方で、一部の日本企業では「男性駐在員と専業主婦」を前提とした制度が根強く残り、同行する配偶者の現地就労を禁止するケースもあります。欧米企業の約8割が配偶者の就労支援を行っているのに対し、日本企業の対応は大きく遅れており、グローバルに活躍する人材を失うリスクが高まっています。本記事では、この問題の現状と解決策について詳しく解説します。
日本企業における配偶者就労の現状
就労制限の実態
海外赴任に帯同する配偶者の就労について、日本企業の対応は分かれています。マーサージャパンの2023年調査によると、31%の企業が「関与しない」と回答した一方、「条件付きで認めている」が26%、「認めている」が15%であるのに対し、「認めていない」と回答した企業は14%でした。つまり、明確に就労を禁止している企業が一定数存在しているのです。
配偶者が勤める会社が、駐在妻(夫)の就労を禁止している場合もあります。これは税務上の問題、ビザの複雑さ、雇用関係の管理コストなどが理由とされていますが、背景には「駐在員の配偶者は専業主婦(主夫)として駐在員をサポートする」という旧来の家族モデルが前提となっている場合が多いのです。
休職・再雇用制度の状況
配偶者の海外赴任に帯同するために自社を離れる社員に対する支援制度として、「休職制度」を有している企業は37%、「再雇用制度」は30%となっています。しかし、駐妻キャリア総研の調査では、海外帯同を機に約半数が再雇用制度なしの退職を経験し、帯同中も就労できるケースはわずか8%にすぎませんでした。
休職制度は通常、配偶者の海外赴任が一定期間(例:6カ月以上)継続する場合に、一定期間(例:最長3年)の休職を認めるものです。丸紅、資生堂、三菱ケミカル、キリンビールなどの大手企業が導入していますが、導入企業は全体の約1%にすぎず、まだ非常に低い水準です。
キャリア支援の不足
キャリアに関わる支援策を有する企業は極めて少数です。「キャリアカウンセリングの実施」は3%、「任地での就職に関するアドバイスや就業先の斡旋」はわずか2%でした。欧米企業と比較すると、この差は顕著です。
欧米企業の先進的な取り組み
デュアルキャリア支援の標準化
欧米企業では、デュアルキャリア(共働き)支援はもはや「あれば良い」ものではなく、戦略的に不可欠なものとなっています。2022年のレポートでは、実に78%の企業が駐在員家族の共働き支援を行っており、3分の2の企業でコロナ禍から継続しているという結果が出ています。
国際企業の約70%が、海外赴任ポジションへの人材誘致において、デュアルキャリアの課題が影響を与えていると指摘しています。これらの企業の半数以上が、配偶者のキャリア懸念により赴任オファーを断られた経験があり、28%以上が駐在員の早期帰国による任期未完了に直面しています。配偶者の不満や家族の問題が、駐在員が本国に帰国する決断をする主な理由となっているため、企業にとって重要な課題となっています。
具体的な支援内容
欧米企業が提供する配偶者サポートには、以下のような内容が含まれます。
1. キャリア開発予算の提供 配偶者が教育やキャリア開発に使える年間予算を提供します。オンラインコースの受講費用、資格取得支援、語学学習などに活用できます。
2. 就職支援サービス キャリアカウンセリング、履歴書作成支援、ネットワーキングの機会提供、求人情報の提供などを行います。専門の人材紹介会社と提携し、配偶者の就職活動を支援するケースもあります。
3. ビザサポート 配偶者が現地で就労できるよう、労働許可証(例:米国のEAD)の取得支援を行います。ビザの種類によっては就労が制限される場合もあるため、適切なビザへの切り替えをサポートします。
4. リモートワーク環境の整備 配偶者が元の雇用主とリモートで働き続けられるよう、技術的・法的なサポートを提供します。
グローバルモビリティにおける課題
ビザと就労許可の複雑さ
配偶者にとって最初のハードルは、赴任先の国が帯同ビザでの就労を認めているかどうかです。日本人駐在員の多い上位10カ国を調査した結果、帯同ビザ(配偶者ビザ)で就労できる国はわずか4カ国で、ドイツは条件付きでした。その他の国では、別途就労ビザの取得が必要です。
また、制限的な就労許可制度は、配偶者やパートナーの雇用を制限し、従業員の異動やビジネス成果に悪影響を及ぼします。受入国が課すビザ制限や就労許可の迷路を乗り越えることは、大きな障害となっています。
キャリア継続の選択肢
配偶者がキャリアを継続するための主な選択肢は以下の通りです。
1. 海外雇用サービス(EOR)の活用 赴任先の国が帯同ビザでの就労を許可している場合、DeelなどのEOR(Employer of Record)サービスを利用して、現地法人を持たない企業でも合法的に雇用を継続できます。
2. リモートワークの継続 現在の雇用形態を維持したまま海外でリモートワークすることを認めない会社が多いため、いったん退職してフリーランスとして業務委託契約を結ぶことで、実質的に現在のキャリアや業務内容を継続する方法があります。
3. 現地での就労 現地で新たに就職する場合、言語の壁、資格の相互認証、文化の違いなどの課題がありますが、ネットワーキングイベントや転職支援サービスを活用することで可能性が広がります。
企業が直面するリスク
人材の喪失
夫婦で持続可能なキャリアを築きたいと考える社員に企業が対応できなければ、グローバルに活躍する人材を失う恐れがあります。調査によれば、海外帯同を機に約半数が退職しており、これは企業にとって大きな人材損失です。
特に、女性管理職候補や高度専門職の配偶者が海外赴任に帯同するために退職するケースでは、企業は優秀な人材を失うだけでなく、女性活躍推進の観点からもマイナスとなります。海外転勤帯同による退職や長期休職を回避して仕事を続けることで、女性がキャリアを築き、企業も女性の管理職登用によって女性の活躍を推進することができます。
赴任の辞退と早期帰国
配偶者のキャリア懸念により、優秀な社員が海外赴任のオファーを断るケースが増えています。また、配偶者が現地での生活やキャリアの中断に不満を持つことで、駐在員が任期途中で帰国を希望し、赴任が未完了に終わるリスクもあります。
海外赴任の失敗は、企業にとって大きなコストとなります。引っ越し費用、住宅手当、教育費、帰任費用などを含めると、1件の海外赴任には数千万円のコストがかかります。早期帰国や赴任辞退は、この投資を無駄にするだけでなく、事業計画にも支障をきたします。
デュアルキャリア支援のメリット
人材採用の競争力向上
デュアルキャリア支援は、単なる「良いこと」ではなく、戦略的な優位性をもたらします。優秀な人材を海外ポジションに誘致する際、配偶者のキャリア支援が決定的な要因となることがあります。ほとんどの世帯が共働きである現代において、配偶者・パートナー支援は駐在パッケージの不可欠な要素となっています。
DEI(多様性・公平性・包括性)の推進
配偶者のキャリア支援は、DEI推進の観点からも重要です。従来の「男性駐在員と専業主婦」モデルは、ジェンダーステレオタイプを固定化し、女性の昇進機会を制限します。女性社員が海外赴任のオファーを受けやすくするためにも、配偶者(多くの場合男性)のキャリア継続を支援する仕組みが必要です。
企業レピュテーションの向上
配偶者支援を充実させることで、従業員エンゲージメントが向上し、企業のブランドイメージが高まります。「社員とその家族を大切にする企業」という評判は、優秀な人材を引きつける要因となります。
注意点と今後の課題
税務と法務の複雑さ
配偶者が海外で就労する場合、税務だけでなく、ビザの切り替えやワークパーミットの可否など、複雑な法的問題が発生します。企業は、専門家(税理士、移民法弁護士など)と連携し、適切なアドバイスを提供する体制を整える必要があります。
文化と慣行の変革
日本企業の多くは、数十年にわたる「駐在員と専業主婦」モデルに基づく制度を運用してきました。この慣行を変えるには、人事部門だけでなく、経営層や現場の意識改革が必要です。「配偶者が働くのは当然」という価値観を組織全体で共有することが重要です。
リモートワークの制度化
コロナ禍を経て、リモートワークの技術と文化が大きく進展しました。配偶者が元の雇用主とリモートで働き続けることは、技術的には十分可能です。しかし、労働法、税務、社会保険などの観点から、企業の制度が追いついていないケースが多く、制度整備が求められます。
まとめ
海外駐在配偶者のキャリア問題は、グローバル化が進む現代において、日本企業が直面する重要な人事課題です。共働き世帯が主流となる中、旧来の「男性駐在員と専業主婦」モデルを前提とした制度は、もはや時代に合いません。欧米企業の約8割が配偶者の就労支援を提供している一方、日本企業の対応は大きく遅れています。
企業がデュアルキャリア支援を充実させることで、海外赴任の辞退や早期帰国を防ぎ、優秀な人材を確保できます。また、DEI推進や企業レピュテーション向上にもつながります。休職・再雇用制度の拡充、キャリアカウンセリングの提供、就労支援サービスの導入、リモートワーク環境の整備など、具体的な施策を進めることが求められます。
配偶者のキャリアを犠牲にすることなく、夫婦ともに持続可能なキャリアを築ける環境を整備することは、グローバル人材戦略の成否を左右する鍵となります。日本企業が国際競争力を維持・向上させるためにも、この課題への積極的な取り組みが期待されます。
参考資料:
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