企業トップのハラスメント辞任続出、人権軽視のリスクとは
はじめに
企業や自治体のトップがハラスメントを理由に退任する事例が相次いでいます。2025年にはフジテレビの経営陣辞任、第一生命ホールディングス子会社社長の辞任など、大きな話題となりました。また、兵庫県では知事のパワハラ疑惑が第三者委員会で認定されるなど、公的機関でも同様の問題が発覚しています。
旧ジャニーズ事務所の問題をきっかけに、日本社会の人権意識は大きく変化しました。セクハラやパワハラは「人権侵害」として認識され、役職の高さに関係なく「一発アウト」となる流れが定着しつつあります。本記事では、この変化の背景と企業が取るべき対応を解説します。
相次ぐトップの辞任事例
フジテレビ経営陣の総退陣
2025年最大の企業スキャンダルの一つが、フジテレビの問題でした。元SMAPの中居正広氏と女性アナウンサーとのトラブルに端を発し、同社の対応の問題や組織的な隠蔽体質が明らかになりました。
第三者委員会は2025年3月の報告書で、中居氏の行為を「世界保健機関(WHO)の定義に基づく『性暴力』」と認定し、「業務の延長線上における性暴力」と結論付けました。委員長の竹内朗弁護士は「ハラスメントがまん延しているという実態があった」と説明しています。
この問題で、港浩一社長とフジ・メディア・ホールディングスの嘉納修治会長が辞任。さらに、関西テレビの太田格社長も2025年4月に辞任を表明しました。75社もの広告主がCM放映を差し止める事態となり、企業価値への打撃は計り知れません。
第一生命HD子会社社長の辞任
2025年10月22日、第一生命ホールディングスは、福利厚生事業を手がける子会社ベネフィット・ワンの白石徳生社長(58歳)が辞任したと発表しました。社内の懇親会におけるハラスメント行為がコンプライアンス違反にあたると認定されたためです。
調査は7月に社内から相談を受けて開始され、外部弁護士による独立した調査でハラスメント行為が認定されました。白石氏は認定通知を受けて自ら辞任を申し出ており、第一生命HD専務執行役員の職も辞任しています。
ベネフィット・ワンは「事案の発生と予防ができなかった体制上の問題を厳粛に受け止め、実効性ある対策を進めていく」とコメントしました。
兵庫県知事のパワハラ認定
公的機関でも同様の問題が起きています。兵庫県の斎藤元彦知事に対するパワハラ疑惑は、2024年3月に元県職員が告発文書を送付したことで表面化しました。
2025年3月、弁護士で構成する第三者委員会は、斎藤氏が机をたたいて職員を叱責した行為など10項目を「パワハラに当たる」と認定しました。委員会は「パワハラについて言えば、かなりの程度事実の部分もございました」と述べています。
斎藤氏は2024年9月に県議会の不信任決議を受けて失職しましたが、11月の出直し選挙で再選されました。しかし、パワハラ認定という事実は、トップの行動が組織全体に与える影響の大きさを示しています。
「一発アウト」時代の到来
旧ジャニーズ問題からの意識変化
日本社会の人権意識が大きく変化したきっかけは、旧ジャニーズ事務所の問題でした。故ジャニー喜多川氏による性加害問題は、長年にわたって黙殺されてきましたが、2023年に社会問題として認識されるようになりました。
フジテレビの第三者委員会も、この点を指摘しています。「フジテレビは旧ジャニーズ問題の際に検証番組を放映したが、私どもはその検証が足りなかったと認識している。そこから学びを得ることができていなかった」と厳しく批判しました。
上場企業であるフジ・メディア・ホールディングスの中核企業で起きた今回の問題は、非上場の同族会社だった旧ジャニーズ事務所と比べ「影響力が大きい」と委員会は指摘しています。
投資家からの圧力
フジテレビ問題では、外国人投資家の動きも注目されました。フジ・メディア・ホールディングス株式の約7%を保有する米投資ファンド「ダルトン・インベストメンツ」は、第三者委員会の設置を要求し、「上層部が隠蔽に関与した可能性がある」と指摘しました。
さらに、同ファンドは顧問の日枝久氏の辞任を求め、「取締役会に絶大な支配力と影響力を持っており、今回のスキャンダルでコーポレートガバナンスが完全に機能不全に陥っていることが明らかになった」と批判しました。
ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の観点から、人権問題は企業価値に直結する課題として認識されています。
法制度の強化と企業の責任
2026年のカスハラ対策義務化
企業のハラスメント対策は、法制度面でも強化されています。2025年6月に公布された改正労働施策総合推進法では、顧客等からのハラスメント(カスハラ)と、求職者へのセクシュアルハラスメント(就活ハラスメント)への防止措置が事業主の義務として明記されました。
この法律は2026年中に施行される見込みで、企業はより広範なハラスメント対策を求められるようになります。
経営トップの意志表示が重要
専門家は、効果的なハラスメント対策の出発点として「経営トップの強い意志表示」を挙げています。「我が社は従業員の人格と尊厳を守る。いかなるハラスメントも許さない」というメッセージを、社内外に明確に発信することが、すべての取り組みの拠り所となります。
2025年の調査によると、全体の9割が直近1年間でハラスメントへの意識が上がったと回答しています。また、ハラスメント被害を経験した従業員の82%が退職または退職を検討したことがあると答えており、人材流出のリスクも深刻です。
企業が取るべき対応
ガバナンス体制の見直し
フジテレビの第三者委員会は、「時代の変化に即して経営をアップデートしてこなかった取締役会の経営責任は重い」と断じました。形式的なガバナンス体制ではなく、実効性のある監督機能が求められています。
具体的には、社外取締役の独立性確保、内部通報制度の整備、第三者による定期的な監査などが挙げられます。
人権方針の策定と実践
フジテレビ問題では、同社の人権方針が機能していなかったことも指摘されました。救済メカニズムの不足により、被害者が適切な保護を受けられなかった点が問題視されています。
人権方針は策定するだけでなく、実際に運用される仕組みが必要です。相談窓口の整備、調査プロセスの明確化、加害者への厳正な処分などを、組織全体で徹底することが求められます。
まとめ
社長や知事といったトップの地位にある人物でも、ハラスメント行為が認定されれば辞任に追い込まれる—この流れは今後さらに強まるでしょう。
旧ジャニーズ事務所やフジテレビの問題は、日本社会における人権意識の転換点となりました。企業にとって、ハラスメント対策はもはや「あれば良い」ものではなく、事業継続のための必須要件です。
法制度の強化、投資家からの圧力、そして社会の目線の変化を踏まえ、経営トップ自らが人権尊重のメッセージを発信し、実効性のあるガバナンス体制を構築することが、これからの企業経営に不可欠です。
参考資料:
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