副業の「残業扱い」ルールが変わる?通算規制の行方
はじめに
「副業を始めたいが、会社が認めてくれない」。こうした声の背景には、制度上の大きなハードルがあります。現在の労働基準法では、副業先の労働時間を本業と「通算」して管理する必要があり、合計で週40時間を超えると割増賃金(残業代)が発生します。この負担が企業にとって重く、副業を容認しにくい構造を生んでいるのです。
厚生労働省は2019年以降に進めてきた働き方改革の検証を行っており、副業の割増賃金に関する通算ルールの見直しが大きな論点として浮上しています。2026年の労働基準法改正案として国会提出が見込まれるこの見直しは、日本の副業のあり方を根本から変える可能性があります。本記事では、現行制度の問題点と改正の方向性を整理し、企業と働き手への影響を解説します。
副業普及を阻む「労働時間通算」の壁
現行ルールの仕組みと問題点
現在の労働基準法第38条では、労働者が複数の事業場で働く場合、労働時間を通算して管理することが定められています。具体的には、A社で8時間勤務した後にB社で2時間働くと、合計10時間となり、B社の2時間は「時間外労働」として割増賃金の対象になります。
この場合、後から労働契約を結んだ事業主(多くの場合は副業先)が割増賃金を支払う義務を負います。副業先の企業にとっては、他社での勤務状況を把握した上で残業代を計算しなければならず、管理コストが極めて大きくなります。結果として、多くの企業が副業者の受け入れに消極的になっているのが実情です。
副業に対する企業と個人の意識
一方で、副業への関心は高まっています。2025年の調査では、副業容認企業の割合が過去最高の64%に達しました。また、従業員の約4割が「副業経験あり」と回答し、7割以上が「副業を始めたい・続けたい」と考えています。副業の時給も上昇傾向にあり、2025年には平均3,617円と過去最高を記録しました。
しかし、企業が副業を「容認」していても、労働時間通算の管理負担から実質的に制限をかけているケースが少なくありません。経団連も審議会で「割増賃金規制によって普及していない可能性がある」と指摘しており、制度改正の必要性は産業界でも広く認識されています。
労基法改正の方向性と新ルール
「通算不要」への転換
厚労省の「労働基準関係法制研究会」は2024年1月から12月まで全16回にわたり議論を重ね、2025年1月に報告書を公表しました。報告書が示した最大の方向性は、割増賃金の算定において労働時間の通算を不要とするというものです。
新ルールの下では、A社はA社の労働時間だけで、B社はB社の労働時間だけで、それぞれ独立に残業代を計算すればよくなります。つまり、A社で8時間、B社で3時間働いても、各社は自社の労働時間のみを基準に1日8時間・週40時間の枠内で割増賃金を判断します。企業にとっては、他社の勤務状況を把握する必要がなくなり、管理負担が大幅に軽減されます。
健康管理は維持される
重要なのは、今回の見直しが割増賃金の算定に限定されている点です。労働者の健康確保のための労働時間の通算管理は引き続き維持されます。長時間労働による健康被害を防ぐ観点から、総労働時間の把握そのものは継続される見込みです。
また、同一の事業主のもとで異なる事業場に勤務する場合や、出向先と出向元で兼務する場合は、従来通り労働時間を通算して割増賃金を計算します。見直しの対象はあくまで「事業主が異なる場合」に限定されます。
改正スケジュール
現在、労働政策審議会で改正案の詳細が審議されています。厚労省は審議結果を踏まえて2026年にも労基法改正案を国会に提出する予定です。順調に可決されれば、2027年前後の施行が見込まれています。ただし、約40年ぶりの大改正となるため、審議が長引く可能性もあります。
勤務間インターバル制度も焦点に
もう一つの重要テーマ
副業ルールと並んで注目されているのが、勤務間インターバル制度の義務化です。これは勤務終了時刻から翌日の勤務開始時刻までに一定時間の休息を確保する制度で、現在は「努力義務」にとどまっています。
2025年1月の研究会報告書では、「努力義務のままでは導入が進まない」として法的義務化が提言されました。現在の導入率はわずか5.7%にとどまっており、EUで義務化されている11時間に近い水準の確保が原則として検討されています。
副業との関係
勤務間インターバルの義務化は副業推進と密接に関連します。副業の割増賃金通算が緩和された場合、労働者が長時間働くリスクが高まる可能性があります。インターバル制度はその歯止めとして機能することが期待されています。
注意点・今後の展望
企業が準備すべきこと
法改正が実現すれば、副業を容認する企業はさらに増える見込みです。企業の人事部門は、副業に関する就業規則の見直しや、健康管理のための労働時間把握の仕組みづくりを早めに検討すべきです。
一方で、副業容認が進んでも、情報漏洩や競業避止の問題は引き続き残ります。副業ルールの整備にあたっては、業務上の秘密保持や利益相反の管理体制も合わせて構築する必要があります。
働き手が知っておくべきこと
通算ルールの見直しは副業のハードルを下げますが、健康管理は自己責任の要素も強まります。企業が他社での労働時間を把握しにくくなるため、過労防止は働き手自身の意識にも委ねられる部分が大きくなるでしょう。
まとめ
副業の割増賃金に関する労働時間通算ルールの見直しは、日本の副業環境を大きく変える可能性を持っています。企業の管理負担を軽減し、副業をより容認しやすい環境をつくることが狙いです。
一方で、健康確保のための労働時間通算は維持されるほか、勤務間インターバル制度の義務化も並行して検討されています。働き方の多様化と労働者保護のバランスをどうとるか。2026年の労基法改正の行方は、すべての働き手と企業に関わる重要なテーマです。
参考資料:
関連記事
フレックスタイム制の壁、二者択一が阻む柔軟な働き方
フレックスタイム制の導入率が8.3%にとどまる背景には、通常勤務との二者択一を迫られる制度設計の問題があります。企業の5割が併用を望む現状と、制度改革の行方を解説します。
48連勤が合法?連続勤務規制の労基法改正を解説
現行の労働基準法では最長48日間の連続勤務が合法となる抜け穴があります。14日以上の連勤禁止を柱とする法改正の動向と企業への影響を詳しく解説します。
村木厚子氏の軌跡に学ぶ女性キャリアの現実
元厚生労働事務次官・村木厚子氏のキャリアと人生から、日本の女性活躍の課題と働き方改革の本質を読み解きます。冤罪事件を乗り越えた歩みにも注目です。
村木厚子が語るキャリアの原点と国連経験
元厚生労働事務次官・村木厚子氏の「私の履歴書」連載から、労働時間短縮への取り組みや国連出向経験など、キャリア形成の原点を読み解きます。
働き方改革の新局面、労働時間基準から成果基準へ転換か
高市首相の裁量労働制見直し表明で議論が白熱。「時間で働き方を語るな」という経済界の主張と、過労リスクを懸念する労働側の対立構図を解説します。
最新ニュース
ブラジルがBYD「奴隷労働」認定を撤回した背景と波紋
ブラジル政府が中国EV大手BYDを「奴隷労働」企業に認定後わずか2日で撤回し、認定を主導した労働監督局長を解任した。カマサリ工場建設現場で163人の中国人労働者がパスポート没収・賃金搾取の被害に遭った事件の経緯と、中国との外交関係を優先する政治判断が労働者保護を揺るがす構造的問題を読み解く。
AI半導体株高が再点火した理由 世界株高を支える成長と危うさの正体
日経平均は4月14日に5万7877円へ反発し、米ナスダックも戦争ショック後の下げをほぼ吸収しました。なぜAI・半導体株に資金が戻るのか。TSMC、ASML、Broadcom、半導体ETF、原油高との綱引きを手掛かりに、世界株高の持続条件と崩れやすさを解説します。
Amazonのグローバルスター買収 通信衛星戦略と競争環境整理
Amazonは2026年4月14日、Globalstarを総額115.7億ドルで買収すると発表しました。狙いは衛星通信網、Band n53の周波数、Apple向けサービス、そしてDirect-to-Device市場です。Starlink先行の構図の中で、Amazon Leoが何を得て何が課題として残るのかを整理します。
ANA人事騒動は何だったのか 1997年対立と統治改革の起点
1997年のANA人事騒動は、若狭得治名誉会長、杉浦喬也会長、普勝清治社長の対立が表面化し、社長候補の差し替えまで起きた統治危機でした。背景には規制緩和下での旧運輸官僚主導と生え抜き経営のねじれがありました。1999年の無配、取締役31人から19人への削減、スターアライアンス参加へつながる改革の意味を読み解きます。
ANAとJALの上級座席競争を需要回復と機材更新戦略から読む
ANAは2026年8月受領の787-9に個室型ビジネスクラス「THE Room FX」を載せ、JALは2027年度から737-8で国内線ファーストクラスを全国展開します。訪日客4268万人、訪日消費9兆4559億円、国内旅行消費26兆7746億円の時代に、航空会社が座席を上質化する収益戦略を読み解きます。