勤務間インターバル制度とは?日欧比較と義務化の行方
はじめに
「深夜まで働いた翌朝、いつも通り出社する」——こうした働き方に歯止めをかける仕組みとして、勤務間インターバル制度が注目を集めています。この制度は、終業時刻から翌日の始業時刻までの間に一定時間以上の休息を確保するものです。
欧州ではEU労働時間指令に基づき、イギリスやフランスなどで11時間以上のインターバルが法的に義務付けられています。一方、日本では2019年から努力義務にとどまっており、企業の導入率はわずか約6%です。2026年の労働基準法改正でこの制度の義務化が議論されていましたが、法案提出は見送られました。
本記事では、勤務間インターバル制度の基本的な仕組みから、欧州との比較、日本企業の導入事例と効果、そして今後の見通しまでを詳しく解説します。
勤務間インターバル制度の基本と背景
制度の仕組み
勤務間インターバル制度とは、1日の勤務終了後から翌日の勤務開始までの間に、一定時間以上の連続した休息を確保することを義務付ける制度です。たとえば、11時間のインターバルを設定した場合、午後11時に仕事が終われば、翌日の始業は午前10時以降になります。
この制度の目的は、労働者の生活時間と睡眠時間を確保することにあります。長時間労働が常態化すると、十分な休息が取れないまま翌日の勤務に入ることになり、健康リスクが高まります。過労死やメンタルヘルスの悪化を防ぐための「安全装置」として設計されています。
なぜ今、議論が活発化しているのか
日本では2019年4月に施行された働き方改革関連法により、勤務間インターバル制度の導入が企業の「努力義務」となりました。しかし、努力義務に法的な強制力はなく、導入は企業の自主性に委ねられています。
厚生労働省の令和5年就労条件総合調査によると、勤務間インターバル制度を「導入している」企業は6.0%にとどまり、「導入予定はなく、検討もしていない」企業が81.5%を占めています。政府は2025年までに導入率15%以上を目標に掲げていましたが、達成は困難な状況です。
こうした背景から、努力義務から法的義務への格上げが議論されるようになりました。
欧州の先行事例に学ぶ——英仏独の制度比較
EU労働時間指令が定める11時間ルール
EU(欧州連合)では、1993年に採択されたEU労働時間指令により、すべての加盟国が労働者に対して24時間ごとに最低11時間の連続した休息時間を確保するよう義務付けています。この指令は加盟国に国内法への反映を求めるもので、各国がそれぞれの法律で具体化しています。
ギリシャやスペインなど、11時間よりも長い12時間を休息時間として設定している国もあります。
フランス——35時間労働制との組み合わせ
フランスでは1998年の第1次オブリー法により、1日11時間の休息が義務付けられています。さらに1週間あたり24時間の連続休息(日曜休日の原則)も義務化されています。フランスの特徴は、週35時間労働制と組み合わせることで、労働時間の総量と日々の休息の両方を規制している点です。
ただし、経営幹部職員にはほとんどの労働時間規制が適用されないほか、サービスや生産の継続性が求められる業務では、労働協約の締結によりインターバル時間を9時間まで短縮できる例外規定が設けられています。
イギリス——EU離脱後も維持
イギリスでは1998年の労働時間規制(The Working Time Regulations 1998)により、24時間あたり連続11時間以上の休息が使用者に義務付けられています。EU離脱後もこの規制は維持されており、労働者保護の基本的な枠組みとして機能しています。
ドイツ——厳格な運用と柔軟な例外
ドイツでは労働時間法(ArbZG)で、1日の勤務終了後に少なくとも11時間の連続した休息時間を付与することが義務付けられています。病院、看護・介護施設、飲食・宿泊業などでは、連続休息時間を10時間まで短縮することが認められていますが、短縮分は別の日に上乗せして確保する仕組みになっています。
日本企業の導入事例と効果
大手企業の取り組み
日本でも先進的な企業がインターバル制度を導入しています。KDDI株式会社、本田技研工業株式会社、ユニ・チャーム株式会社などの大手企業が制度を取り入れ、成果を上げています。
厚生労働省の「働き方・休み方改善ポータルサイト」には100件以上の導入事例が掲載されており、業種を問わず導入可能であることが示されています。
中小企業でも効果を実感
ある製造業の企業では、制度導入後に従業員から「体が楽になった」「体調が良くなった」といった声が上がっています。福祉業では、一時40%を超えていた離職率が6%まで低下した事例も報告されています。建設業では「生産性が高まった」という評価も出ています。
インターバルを設定することで、時間内に業務を終わらせるために従業員が自ら業務量の調整や会議時間の工夫を行うようになり、結果として時間外労働が約30%減少した企業もあります。制度導入は単なる労働時間の制限にとどまらず、業務効率化のきっかけになるという点が注目されています。
導入に向けた助成金制度
厚生労働省は「働き方改革推進支援助成金(勤務間インターバル導入コース)」を設けており、中小企業が制度導入に取り組む際の費用を助成しています。就業規則の整備や勤怠管理システムの導入にかかる経費が対象となっており、導入のハードルを下げる支援策が用意されています。
注意点・今後の展望
法改正の見送りと今後のスケジュール
2026年の通常国会への労働基準法改正案の提出は見送られました。厚生労働省の労働基準関係法制研究会では、勤務間インターバル制度の義務化を含む7つの改正ポイントが議論されていましたが、政府内で「規制強化」と「規制緩和」の方向性をめぐる調整が続いています。
ただし、議論が消滅したわけではありません。インターバル時間はEU基準に近い11時間を原則としつつ、業種や業務特性に応じて9時間を最低ラインとする案が有力視されています。大企業から義務化を始め、中小企業へ段階的に拡大する案も検討されています。
企業が今から準備すべきこと
法改正が見送られたとはいえ、制度の義務化は時間の問題とみる専門家が多い状況です。企業としては、今のうちから以下の準備を進めることが有効です。
まず、現状の勤務実態を把握し、終業から始業までの時間がどの程度確保されているかを確認することが第一歩です。次に、勤怠管理システムの見直しや就業規則への記載を検討します。助成金を活用すれば、費用負担を抑えながら制度整備を進めることが可能です。
まとめ
勤務間インターバル制度は、欧州では30年以上の実績がある労働者保護の基本制度です。日本では導入率がまだ6%と低い水準ですが、導入企業では離職率の低下や生産性の向上といった具体的な効果が報告されています。
2026年の労働基準法改正案は見送られましたが、義務化に向けた議論は継続しています。企業にとっては、法改正を待つのではなく、先行して制度を導入することが人材確保や生産性向上の面で競争優位につながります。まずは自社の勤務実態を把握し、制度設計の検討を始めてみてはいかがでしょうか。
参考資料:
関連記事
働き方改革の新局面、労働時間基準から成果基準へ転換か
高市首相の裁量労働制見直し表明で議論が白熱。「時間で働き方を語るな」という経済界の主張と、過労リスクを懸念する労働側の対立構図を解説します。
働き方改革は「時間」から「成果」へ転換するのか
高市首相が裁量労働制の見直しを表明し、日本貿易会・安永竜夫会長は「時間基準の議論をやめよう」と提言。労働時間規制の緩和を巡る賛否と今後の展望を多角的に解説します。
裁量労働制の対象拡大へ、高市首相が施政方針で意欲表明
高市首相が施政方針演説で裁量労働制の見直しに言及しました。経済界が歓迎する一方、「定額働かせ放題」との批判も根強い制度改革の論点と今後の見通しを詳しく解説します。
フレックスタイム制の壁、二者択一が阻む柔軟な働き方
フレックスタイム制の導入率が8.3%にとどまる背景には、通常勤務との二者択一を迫られる制度設計の問題があります。企業の5割が併用を望む現状と、制度改革の行方を解説します。
正社員6割が時間外連絡に拒否感、つながらない権利の現状
マイナビの調査で正社員の6割超が勤務時間外の業務連絡に拒否感を示す一方、企業の4割がガイドライン未着手。2026年労基法改正を見据えた「つながらない権利」の現状と課題を解説します。
最新ニュース
ブラジルがBYD「奴隷労働」認定を撤回した背景と波紋
ブラジル政府が中国EV大手BYDを「奴隷労働」企業に認定後わずか2日で撤回し、認定を主導した労働監督局長を解任した。カマサリ工場建設現場で163人の中国人労働者がパスポート没収・賃金搾取の被害に遭った事件の経緯と、中国との外交関係を優先する政治判断が労働者保護を揺るがす構造的問題を読み解く。
AI半導体株高が再点火した理由 世界株高を支える成長と危うさの正体
日経平均は4月14日に5万7877円へ反発し、米ナスダックも戦争ショック後の下げをほぼ吸収しました。なぜAI・半導体株に資金が戻るのか。TSMC、ASML、Broadcom、半導体ETF、原油高との綱引きを手掛かりに、世界株高の持続条件と崩れやすさを解説します。
Amazonのグローバルスター買収 通信衛星戦略と競争環境整理
Amazonは2026年4月14日、Globalstarを総額115.7億ドルで買収すると発表しました。狙いは衛星通信網、Band n53の周波数、Apple向けサービス、そしてDirect-to-Device市場です。Starlink先行の構図の中で、Amazon Leoが何を得て何が課題として残るのかを整理します。
ANA人事騒動は何だったのか 1997年対立と統治改革の起点
1997年のANA人事騒動は、若狭得治名誉会長、杉浦喬也会長、普勝清治社長の対立が表面化し、社長候補の差し替えまで起きた統治危機でした。背景には規制緩和下での旧運輸官僚主導と生え抜き経営のねじれがありました。1999年の無配、取締役31人から19人への削減、スターアライアンス参加へつながる改革の意味を読み解きます。
ANAとJALの上級座席競争を需要回復と機材更新戦略から読む
ANAは2026年8月受領の787-9に個室型ビジネスクラス「THE Room FX」を載せ、JALは2027年度から737-8で国内線ファーストクラスを全国展開します。訪日客4268万人、訪日消費9兆4559億円、国内旅行消費26兆7746億円の時代に、航空会社が座席を上質化する収益戦略を読み解きます。