実質賃金30年低下の真因と労組に求められる変革
はじめに
日本の実質賃金が上がりません。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、2024年の平均指数は99.3であり、1996年と比較して17.2ポイントも低下しました。好不況にかかわらず約30年間にわたり減少し続けているのが、日本の実質賃金の実態です。
賃金の名目額を物価水準で割った実質賃金の水準は、条件付きながら労働者の生活水準とみなせます。30年間にわたり低下を続けているということは、日本の労働者が平均的に貧しくなったといっても過言ではありません。
実質賃金を上げるために労働組合に何が求められているのか、データと分析に基づいて解説します。
30年間賃金が上がらなかった原因
デフレ下での賃金抑制
連合の芳野会長は「これまで30年にわたって短期的な利益を追求してきた、あるいはそうせざるを得なかったために、賃金は上がらないというノルムを生み出した」と指摘しています。
1997年以降のデフレ期に、日本の賃金は長期にわたり抑制され、国際的にも見劣りする水準となりました。経済成長や生産性向上に見合った労働者への配分は行われず、分配構造が歪んでしまったのです。
中小企業への影響
特に深刻なのが中小企業の状況です。価格交渉力の弱い中小企業は、仕入れコストの上昇を販売価格に転嫁することが難しく、その分を人件費の抑制で吸収せざるを得ませんでした。その結果、大企業と中小企業の賃金格差は拡大し続けています。
2025年の連合の最終集計でも、全体の賃上げ率5.25%に対し、300人未満の中小組合では4.65%と格差が見られます。しかも、これは労働組合のある企業の数字であり、組合のない中小企業ではさらに低い可能性があります。
労働組合の組織率低下
過去最低の16.1%
厚生労働省の2024年労働組合基礎調査によると、労働組合の組織率(推定)は16.1%と過去最低を更新しました。組織率は2021年から4年連続で低下しており、1947年の調査開始以降で最も低い水準です。
組合員数は991万2,000人で、前年より2万5,000人減少しました。2018年に1,000万人台に回復したものの、2022年に再度1,000万人を割り込み、減少傾向に歯止めがかかっていません。
企業規模による大きな格差
組織率の格差は企業規模によって顕著です。従業員1,000人以上の大企業では40.0%の組織率がある一方、100~999人の企業では9.9%、99人以下ではわずか0.7%にとどまっています。
中小企業の場合、労働組合の組織率は3%以下という統計もあり、春闘が全体の賃上げムードを醸成している面がある一方で、労働組合の有無による格差も顕在化しています。
組織率低下の背景
組織率低下の主な要因として、以下が挙げられています。
1. 産業構造の変化 製造業からサービス業へのシフトが進み、従来の企業別組合モデルが機能しにくくなっています。
2. 雇用形態の多様化 パートタイム労働者や非正規雇用が増加する中、企業別労働組合は正社員を対象とした組織がほとんどで、これらの労働者を取り込めていませんでした。
3. 新規組織化の停滞 経営側の組合忌避や、労働者自身の組合に対する関心低下も影響しています。
2025年春闘の成果と課題
5%台の賃上げ達成
2025年春闘では、連合集計で賃上げ率5.26%を達成しました。これは1989年の連合結成以降、1991年(5.66%)以来となる高い水準です。ベースアップ率の平均は3.70%で、2024年度の消費者物価上昇率3.0%を上回りました。
それでも実質賃金はマイナス
しかし、2025年5月の毎月勤労統計では、実質賃金は前年比マイナス1.7%と5ヶ月連続の減少となりました。名目賃金の伸びが物価上昇に追いつかない状況が続いています。
2024年12月以降、生活必需品の物価上昇率が総じて5%台で推移していることもあり、労働者が実質賃金の上昇を実感できない状況が続いています。
データで武装する重要性
交渉力の源泉としてのデータ
実質賃金を上げるためには、労働組合がより効果的な賃金交渉を行う必要があります。そのためには、データを活用した「武装」が不可欠です。
具体的には、業界別・地域別の賃金相場、生計費の詳細な分析、企業の収益状況と労働分配率の推移など、客観的なデータに基づいて交渉に臨むことが求められます。
組合未加入労働者への波及効果
労働組合の賃上げ成果は、組合未加入の労働者にも波及効果をもたらす可能性があります。しかし現状では、組合未組織の勤労者は、平均すれば物価上昇をカバーするベースアップができていない可能性が高いとされています。
より広範な労働者の賃金向上のためには、中小企業の組織化や、非正規労働者を含めた連帯の強化が課題となります。
注意点・今後の展望
実質賃金プラス転化の時期
第一生命経済研究所の分析によると、実質賃金がプラス転化するタイミングは今冬まで後ずれする可能性が高まっています。名目賃金の伸びが想定対比で伸び悩んでいることに加え、物価の上振れが続いていることが背景です。
2026年春闘に向けて
連合は「2026春季生活闘争方針」で「賃上げ分3%以上+定昇相当分込みで5%以上」を目安とし、「日本の実質賃金を1%上昇軌道に乗せる」ことを掲げています。
この目標を達成するためには、大企業だけでなく中小企業の賃上げ、さらには組合のない企業の労働者も含めた社会全体の賃金底上げが必要です。
パートタイム労働者への対応
明るい兆しもあります。パートタイム労働者の労働組合員数は146万3,000人で、前年比5万3,000人(3.8%)増加しました。全労働組合員数に占める割合は14.9%で、推定組織率は8.8%となっています。
多様な雇用形態の労働者を組織化することで、賃金交渉の基盤を広げていく取り組みが進んでいます。
まとめ
日本の実質賃金が30年間低下し続けてきた背景には、デフレ下での賃金抑制と、労働組合の組織率低下による交渉力の弱体化があります。2025年春闘では名目賃金で一定の成果を上げたものの、物価上昇に追いつかず、実質賃金のマイナスは続いています。
労働組合がデータに基づいた交渉力を強化し、中小企業や非正規労働者を含めた幅広い連帯を構築することが、実質賃金を上昇軌道に乗せるための鍵となります。2026年春闘に向けて、労使双方の取り組みが注目されます。
参考資料:
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