経団連が春闘で「ベア実施」をスタンダードに
はじめに
経団連は2026年1月20日、春季労使交渉(春闘)に臨む経営側の基本指針となる「経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)」を公表しました。今年の報告で特に注目されるのは、物価上昇率を上回る賃金の伸びを「社会的に求められている」と明記した点です。
日本経済は長年のデフレから脱却しつつある重要な局面にあります。2024年、2025年と2年連続で5%を超える高水準の賃上げが実現してきましたが、実質賃金のプラス定着には至っていません。2026年の春闘は、この賃上げの「勢い」を一過性のものにせず、持続的な好循環へとつなげられるかどうかの正念場となります。
本記事では、経団連の方針が示す意味と、2026年春闘の見通しについて解説します。
経労委報告のポイント:ベアを「スタンダード」に
物価上昇を超える賃上げは「社会的要請」
2026年版経労委報告の最大の特徴は、物価上昇率を上回る賃金引き上げを「社会的に求められている」と明確に位置づけた点です。これまでの報告でも賃上げの必要性は強調されてきましたが、「社会的要請」という表現を用いることで、経営側としてより強いコミットメントを示した形となりました。
経労委の長沢仁志委員長(日本郵船会長)は、「各企業が自社の状況を踏まえつつ、賃上げの勢いを継続することが重要」との認識を示しています。インフレが続く中で、従業員の生活を守ることは企業の社会的責任であるという考え方が反映されています。
ベースアップ実施を「賃金交渉のスタンダード」に
もう一つの重要なポイントは、基本給を底上げするベースアップ(ベア)の実施を「賃金交渉におけるスタンダード」として位置づけたことです。経団連の筒井義信会長は、2025年12月の記者会見で「ベースアップの実施に力点を置きたい」と明言していました。
従来、日本企業の賃金交渉では定期昇給(定昇)が中心で、ベアは業績が良い年に限定的に実施されるものでした。しかし経団連は、2023年を「賃上げの起点」、2024年を「加速」、2025年を「定着」と位置づけ、段階的に賃上げの機運を高めてきました。2026年はこの流れを「さらなる定着」へと発展させる年と位置づけています。
労使双方の姿勢と2026年春闘の構図
連合側も5%以上の賃上げ要求を維持
労働組合側の中央組織である連合は、2025年12月に「2026春季生活闘争方針」を決定しました。賃上げ要求の目安は「賃上げ分3%以上、定昇相当分を含め5%以上」と、前年から据え置きとなっています。
連合は「実質賃金を1%上昇軌道に乗せる」ことを目標として掲げています。過去2年間の高水準な賃上げにもかかわらず、物価上昇のペースが速かったため、実質賃金はまだ十分にプラスへ転換していません。連合は「物価を1%程度上回る賃上げの継続」を「賃上げノルム(規範)」として定着させることを目指しています。
経営トップからも5%超の賃上げ表明が相次ぐ
経済界の新年会合では、経営トップから5%を超える賃上げを表明する声が相次いでいます。経団連の筒井会長は「2026年はデフレからの真の脱却に向かう年だ」と強調し、経営側が賃上げの先導役を果たす意欲を示しました。
労使双方が高水準の賃上げに前向きな姿勢を示していることから、2026年春闘でも5%前後の賃上げ率が実現する可能性は高いと見られています。
実質賃金プラス定着への道筋
これまでの賃上げ実績
2025年春闘における平均賃上げ率は5.46%(連合第1回回答集計)と、前年をやや上回りました。経団連の最終集計でも大手企業の賃上げ率は5.39%となり、2年連続で5%を超える高い伸びを記録しています。
このうちベアに相当する部分は3.71%で、2024年度の消費者物価上昇率(総合3.0%)を上回りました。「過年度物価」との比較では実質賃金を維持できたといえますが、現在の物価動向との比較では十分とはいえない状況が続いています。
2026年の賃上げ率予測
第一生命経済研究所の予測によると、2026年春闘の賃上げ率は厚生労働省ベースで5.20%、連合ベースで4.95%と見込まれています。2025年(厚労省ベース5.52%)からはやや低下するものの、3年連続で5%前後の高水準を維持する見通しです。
2026年は物価上昇率の鈍化が予測されているため、名目賃金の伸びが若干落ちても、実質賃金がプラスを維持できる可能性があります。みずほリサーチ&テクノロジーズの予測では、2025年度の実質賃金は前年比+0.3%と小幅ながらプラスに転じるとしています。
中小企業への波及が鍵
課題は中小企業への賃上げ浸透
経労委報告では、「約7割の働き手を雇用する中小企業における構造的な賃金引き上げが欠かせない」と明記されています。デフレからの完全脱却と成長・分配の好循環を実現するには、大企業だけでなく中小企業まで賃上げが波及することが不可欠です。
2025年春闘では、中小企業(組合員数300人未満)の賃上げ率は5.09%と、前年同時点の4.42%から大幅に伸びました。大企業との格差は縮小傾向にありますが、依然として課題は残っています。
価格転嫁の進展が持続可能性を左右
中小企業にとって持続的な賃上げを行うためには、人件費増加分を製品・サービス価格に転嫁できるかどうかが重要です。東京商工リサーチの調査によると、2025年度に賃上げを「実施しない」企業のうち36.4%が「価格転嫁できていない」ことを理由に挙げています。
連合は中小労組に対して「6%以上・18,000円以上(格差是正分1%超を上乗せ)」を賃上げの目安として掲げています。大企業と中小企業の賃金格差を是正し、取引価格への人件費上昇分の反映を促進することが、賃上げの持続可能性を高める鍵となります。
注意点と今後の展望
「デフレマインド」の再燃リスク
連合は「ノーモア・デフレマインド」というスローガンを掲げ、長期の賃金停滞を生んだ「賃金は上がらない」という意識の再燃を警戒しています。過去30年間、日本では賃金が上がらないことが「当たり前」となっていました。この意識を完全に払拭し、毎年の賃上げを「ノルム(規範)」として社会に定着させることが重要です。
一方で、企業側には負担感も出ています。ある調査では、継続的な賃上げで経営に負担を感じている企業の割合は77.0%に達しています。特に中小企業では、向こう5年間毎年賃上げを「実施できる」と回答した企業は65.0%にとどまっており、持続可能性への懸念も見られます。
政策支援との連携
賃上げの勢いを維持するためには、企業努力だけでなく政策面での支援も重要です。政府は賃上げを行った企業への税制優遇や、中小企業の価格転嫁を促進する施策を進めています。労使と政府が連携して「賃金と物価の好循環」を実現できるかが、今後の日本経済の行方を左右するでしょう。
まとめ
経団連が公表した2026年版経労委報告は、物価上昇を超える賃上げを「社会的要請」と位置づけ、ベースアップを賃金交渉の「スタンダード」とする方針を明確にしました。労使双方が高水準の賃上げに前向きな姿勢を示しており、2026年春闘でも5%前後の賃上げ率が実現する見通しです。
焦点は、この賃上げの勢いを中小企業まで波及させ、実質賃金のプラスを定着させられるかどうかです。日本経済がデフレから完全に脱却し、持続的な成長軌道に乗れるかは、2026年春闘の結果に大きくかかっています。
参考資料:
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