NRIが採用で「ガクチカ」より議論力を重視する理由
はじめに
野村総合研究所(NRI)が新卒採用において、学生時代に力を入れたこと、いわゆる「ガクチカ」では差がつかないとの見解を示しています。同社の斉藤英紀執行役員は「専門家の素質は複数人で議論するグループディスカッションでみる」と明言しました。
近年、日立製作所やSUBARUなどの大手企業もガクチカに関するエントリーシートの設問を廃止する動きを見せており、日本の新卒採用は大きな転換期を迎えています。本記事では、NRIの採用方針の背景と、ガクチカに代わる選考手法の潮流を解説します。
NRIの採用が求める「議論する力」
コンサルティング企業に必要な素質
NRIは経営コンサルティングに強みを持つシステム開発会社です。売上高のほとんどはITサービスが占めていますが、政府や自治体などの公共部門向けのシンクタンク機能も有しています。
このような事業特性から、NRIが求める人材像は明確です。クライアントの経営課題を深く理解し、チームで議論しながら最適な解決策を導き出す力が不可欠です。ガクチカで語られるサークル活動やアルバイト経験よりも、未知のテーマに対して論理的に考え、他者と協調しながら結論を導く能力のほうが、実務での成果を予測しやすいと判断しているのです。
独自のグループディスカッション形式
NRIの選考では、最終面接前にグループディスカッション(GD)が設定されています。学生4〜5名に対して2名の選考官がつく形式で、5分程度のアイスブレイクの後、30分程度のディスカッションが行われます。
過去には「町おこしのための複数案からどれを採用すべきか」「フルリモートと出社のどちらが良いか」といったテーマが出題されています。正解のない問いに対して、どのように論理を組み立て、他者の意見を取り入れながら議論を進められるかが評価のポイントです。
面接でもガクチカの「質」を深掘り
NRIの一次面接では、独特な形式が採用されています。一人の候補者がガクチカや自己PRを発表し、他の候補者がその内容を要約したり質問を投げかけたりします。その後、面接官が各候補者に質問するという流れです。
この形式では、自分の経験を語る力だけでなく、他者の話を正確に理解し、的確な質問ができるかという「聴く力」も試されます。ガクチカの内容そのものよりも、コミュニケーションの質を多角的に評価する仕組みです。
広がる「ガクチカ廃止」の波
大手企業が相次いでガクチカを見直し
ガクチカを重視しない動きはNRIだけではありません。日立製作所、日本マクドナルド、SUBARUなどの大手企業は、エントリーシートからガクチカに関する設問そのものを削除しています。
日本生命保険は「学生時代に力を入れたこと」を「人生で最も力を入れて取り組んだこと」に置き換え、大学時代に限定しない経験を聞く方式に変更しました。アサヒビールは、大学時代の活動だけで学生を判断しないよう面接担当者に求めています。
ガクチカ偏重の問題点
ガクチカが見直される背景には、いくつかの構造的な問題があります。まず、学生がガクチカのために就活映えする活動を「逆算」して行う傾向が強まり、本来の学業や自己成長が二の次になっているという指摘です。
また、ガクチカの内容は家庭の経済状況や地域環境に左右される面があり、公平性の観点からも課題があります。留学やインターンシップなどの経験は、経済的に恵まれた学生ほど得やすいのが現実です。
さらに、コロナ禍を経た学生はサークル活動やボランティアの機会が制限されたため、従来型のガクチカで差をつけることが難しくなっています。
新卒採用の構造変革
富士通の新卒一括採用廃止
採用の変革はさらに大きな潮流となっています。富士通は2025年度から、処遇や採用時期が一律の新卒一括採用を廃止しました。新卒と中途を区分せず、職務や専門性に応じた通年採用に移行しています。
富士通のCHROは「潜在能力に期待して長期的に育成するポテンシャル採用には限界がある」と語り、即戦力に近い人材の確保を急務としています。2026年卒の学生向けには数百人規模の有償インターン枠を設ける方針です。
ジョブ型採用との関係
ジョブ型人事制度の普及も、ガクチカ廃止の流れを後押ししています。ジョブ型は「職務を担える人材を配置する」仕組みであり、業務経験を持たない新卒とは本質的に相性が良くありません。
そのため、ガクチカのような過去の活動実績よりも、特定の職務に必要な思考力やスキルの素養を測る選考手法が重視されるようになっています。グループディスカッションやケーススタディ型の面接は、この流れに合致した手法です。
注意点・展望
グループディスカッション偏重のリスク
グループディスカッションを重視する選考にも課題はあります。外向的で発言力のある学生が有利になりやすく、深い思考力を持つが発言が控えめな学生が不利になる可能性があります。
大手企業の約7割がグループディスカッションを採用しているとされますが、企画力が求められる職種や一人で進める業務が中心の職種では、別の評価方法が適している場合もあります。
採用方法の多様化が進む
今後は、ガクチカ一辺倒でもグループディスカッション一辺倒でもなく、複数の評価軸を組み合わせた選考が主流になると見られます。インターンシップでの実践的な評価、ケーススタディ、プレゼンテーションなど、多角的に候補者の素質を見極める方向に進んでいます。
まとめ
NRIが「ガクチカでは差がつかない」として議論力を重視する方針は、日本の新卒採用における大きな変化の一端です。日立製作所や富士通など大手企業もガクチカの廃止や採用方法の抜本的な見直しを進めています。
就活生にとっては、ガクチカ作りに時間を費やすよりも、論理的思考力や他者と協働する力を日常的に鍛えることが重要になります。採用選考は「何をやったか」から「どう考え、どう動けるか」へと、評価の軸が移りつつあります。
参考資料:
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