インターンシップ廃止の動き、企業採用に変革の兆し
はじめに
日本の新卒採用において、インターンシップは今や欠かせない存在となっています。しかし近年、その過熱ぶりが学生の学業や課外活動を圧迫しているという問題が指摘されるようになりました。
こうした中、大手不動産会社の三菱地所が2027年卒採用においてインターンシップを廃止すると発表し、業界に衝撃を与えています。「君がいま夢中になっていること。そのかけがえのない時間を、大切にできる就活であってほしい」というメッセージには、現在の就活システムへの問題提起が込められています。
本記事では、インターンシップ廃止の背景にある採用市場の課題と、今後の就活のあり方について解説します。
インターンシップ過熱化の実態と問題点
採用直結型インターンシップの解禁
2025年卒から、インターンシップで得た学生情報を採用選考に活用することが正式に認められるようになりました。これまで経団連は学業への悪影響を懸念し、採用直結型インターンシップを禁止してきましたが、外資系企業やベンチャー企業では水面下で採用直結型が実施されていた実態があります。
こうした状況を踏まえ、政府と経団連は制度を実態に合わせる形で見直しを行いました。専門活用型インターンシップ(2週間以上)については、春休み以降に実施されるものを通じて高い専門的知識や能力を有すると判断された学生は、6月より前から採用選考プロセスに移行できるようになっています。
学業との両立が困難に
制度変更により、インターンシップの重要度は格段に増しました。しかし同時に、学生の負担も大きくなっています。
文部科学省の調査によると、大学の約70%、企業の約60%が「高い実習効果を得るには1か月以上の期間が必要」と考えています。しかし実際に1か月以上のインターンシップを実施する企業は2%程度に過ぎません。結果として、多くの企業が短期インターンシップを乱発し、学生は「どれが本選考につながるか分からない」状態で多数の企業に参加せざるを得ない状況が生まれています。
特に理系の学生にとっては深刻です。実験や研究でスケジュール調整が困難なため、希望するインターン先への応募を断念せざるを得ないケースも少なくありません。
就活の早期化が加速
「就活解禁は大学3年の3月」という就活ルールは存在しますが、実態としては完全に形骸化しています。少しでも早く優秀な学生と接点を持ちたい企業が競うように、大学3年生の6月から1DAYインターンシップを実施し、事実上の選考を行っています。
現在では「3年生の夏インターンで就活スタート」が常識となっており、本来学業に集中すべき時期に就活準備を強いられる学生が増加しています。
三菱地所がインターンシップを廃止した理由
学生の「いま」を大切にする姿勢
三菱地所は2027年卒採用において、これまで実施していた夏・冬のインターンシップを取りやめると発表しました。その理由として同社は、就職活動が早まる一方で学生の学びや挑戦の機会が奪われているという問題意識を挙げています。
同社の人事部で新卒採用を担当する加川洋平氏と幸田晃太朗氏は、学生に対して「いま夢中になっていることを大切にしてほしい」というメッセージを発信しています。
「インターン落ち」問題への対応
もう一つの理由として、インターンに落ちた学生が本選考に応募してくれないという問題がありました。インターンシップの選考に落ちた時点で「この会社には縁がない」と判断し、本選考を受けない学生が一定数いたのです。
これは企業にとっても大きな機会損失です。インターンシップという限られた接点だけで人材を評価することの限界を、同社は認識していたと考えられます。
代替策としてのオープンイベント
インターンシップを廃止する代わりに、三菱地所は選考に関係なく参加できるイベントを毎月開催する方針です。選考プロセスでは社員との交流やグループワークを組み込み、より多角的に学生を評価する体制を整えています。
就活ルールの現状と今後の展望
政府主導のルール策定
2018年に経団連が「採用選考に関する指針」を策定しない方針を表明して以降、就活ルールは政府主導で定められています。現行のルールでは、広報活動開始が3月1日、採用選考活動開始が6月1日、正式な内定日が10月1日と規定されています。
しかし、経団連加盟企業は全体から見れば少数派であり、ルールを破っても罰則がないことから、実効性には疑問符がつきます。ベネッセi-キャリアの研究員も「制度が適切に機能しているかについては疑問符がつく」と形骸化を指摘しています。
他企業への波及の可能性
三菱地所のようなインターンシップ廃止の動きは、今後他社にも広がるのでしょうか。同社の担当者は「新卒採用の過熱は1社の取り組みで解決できる問題ではない」と述べ、同様の取り組みを行う企業が増えることへの期待を示しています。
ただし、インターン廃止が可能なのは知名度の高い企業に限られるとの見方もあります。ブランド力のない中小企業にとっては、インターンシップが学生との重要な接点となっているためです。
注意点・今後の見通し
学生側の対応
インターンシップを廃止する企業が増えた場合、学生はどのように対応すべきでしょうか。重要なのは、インターンシップへの参加有無だけで企業との相性を判断しないことです。
企業が開催するオープンイベントや説明会に参加し、社員と直接話す機会を積極的に活用することが大切です。また、学業や課外活動に真剣に取り組んだ経験は、どの企業の選考でも評価されます。
企業側の課題
企業にとっては、インターンシップに代わる効果的な採用手法の確立が課題となります。短期間で学生の適性を見極めることは容易ではなく、選考プロセスの設計には工夫が必要です。
また、政府に対しては「短期でも効率的な採用イベントを認めるべき」との専門家からの提言もあります。現行の規制の見直しも含め、産学官での議論が求められています。
まとめ
三菱地所のインターンシップ廃止は、過熱する就活市場に一石を投じる動きとして注目されています。学生の学業と課外活動の時間を守りながら、企業と学生が適切にマッチングできる仕組みづくりが求められています。
2026年卒までは現行の就活ルールが継続される見込みですが、その先の制度設計については今後も議論が続くでしょう。学生も企業も、短期的な「勝ち負け」にとらわれず、長期的な視点でキャリア形成を考えることが重要です。
参考資料:
関連記事
御手洗冨士夫氏が語る経営哲学と熟慮断行の決断力
キヤノン会長兼社長CEOの御手洗冨士夫氏が日経「私の履歴書」で語る経営哲学。23年間の米国経験と終身雇用の実力主義が生んだリーダーシップの全貌を解説します。
NRIが採用で「ガクチカ」より議論力を重視する理由
野村総合研究所(NRI)が新卒採用で学生時代の経験(ガクチカ)より、グループディスカッションでの議論力を重視する方針を打ち出しました。日本企業の採用選考の変革トレンドとともに解説します。
2026年春闘スタート:物価を超える賃上げは実現するか
2026年春季労使交渉が開始。経団連と連合は「賃上げの勢い定着」で一致しましたが、中小企業の価格転嫁や「賃上げ疲れ」など課題も山積。物価上昇を上回る賃上げの行方を解説します。
御手洗冨士夫氏が語る経済界と外交の架け橋
キヤノン会長兼社長であり元経団連会長の御手洗冨士夫氏が、日中外交やラグビーW杯、東京五輪を通じて果たしてきた「日本発信」の役割を振り返ります。
2026年春闘スタート 物価超す賃上げへ正念場
2026年の春季労使交渉が本格始動。経団連と連合が賃上げ継続で一致するも、中小企業の価格転嫁遅れが課題に。実質賃金プラス転換への道筋と注目ポイントを詳しく解説します。
最新ニュース
ビットコイン7万ドル台急落、テック株売りが暗号資産に波及
ビットコインが約1年3カ月ぶりの安値となる7万2000ドル台に急落しました。米ハイテク株の売りが暗号資産市場に波及した背景と、MicroStrategyの含み損問題について解説します。
日銀の量的引き締め出遅れと円安の関係を解説
日銀のマネタリーベース縮小が米欧に比べ緩やかな理由と、それが円安に与える影響について解説します。FRB新議長候補ウォーシュ氏の金融政策姿勢にも注目が集まっています。
書店600店の在庫を一元化|返品率30ポイント削減の新システム
紀伊国屋書店、TSUTAYA、日販が出資するブックセラーズ&カンパニーが、56社603店の在庫を横断管理するデータベースを始動。返品率6割減を実現した事例と、出版業界の構造改革を解説します。
中国海警局の尖閣周辺活動が過去最多に、日中の緊張続く
2025年、中国海警局の船舶が尖閣諸島周辺の接続水域に357日出没し過去最多を更新。日本の対応策と偶発的衝突防止の課題を解説します。
中国の土地売却収入がピーク比半減、地方財政に深刻な打撃
中国の地方政府の土地売却収入が2025年も前年比14.7%減少し4年連続の減少を記録。ピークの2021年から52%減となり、不動産不況が地方財政を圧迫し続けています。